「出た!」

可愛そうに道端に横たわっている「カンガルー」「ワラビー」の悲しい亡骸を
見かけるたびに手をあわせ、僕等が加害者にだけはならないように
細心の注意でドライブしていましたが、夕方の薄暗くなった頃からは、まさに
注意と緊張の連続です。「Outside Inspection!」 注意!注意!

「お化け」ではありませんが、何となく出てくる時間帯と雰囲気っていうのがあって
いつ出てきてもおかしくない道が延々と続くわけです。

この日も終盤にさしかかり、「出るぞ!」を予感させる「時間帯」と「雰囲気」。
海に向かって一直線に走る道。
両サイドには広大なトウモロコシ畑(家畜の餌用らしい)が広がり、珍しく後ろから
車が近づいてくる。
「そうだ!先に行ってもらおう」
決して「露払い」を願ったわけではないけど、多少なりの安心感につながるのも事実。
ゆっくりスピードを緩め、ハザードを点灯させながら少しだけ道端に寄って追い越しを
促すと、茶系の古ぼけたステーションワゴンが近づき、後部席の小さな女の子が
運転しているお母さんのシートバックに身を預けるようにしながら親子で手を振りながら
僕等をスルーしていった。
女性らしくゆっくりと振られた金髪にサングラス姿のお母さんの細く延びた左腕と
振り返りながらいつまでも僕等を見続けている女の子が何とも、ナイス!
そよ風のように走り去った車を追いかけるものの、3分もすると海に吸い込まれるように
直線の彼方に消えていってしまいました。
すっかり緊張感も忘れ、一時の安らぎすら感じながらどこまでも延々と変わらぬ景色に
頭の中もすっかり空っぽになっていたその時、 「出た!」 反射的にハンドルを未確認の
物体から逸らすように右に切り、経験的に持ち合わている複合的な操作を瞬間的に凝縮
された一つの動作として交わし、衝撃も痛みも感じていない事を確認し、ホッとした。
「轢かなくて良かった」 「大丈夫だよね」
それだけ確認できれば車を止める必要もなく、そのまま走り続けることにした。
「何だった?」
落ち着きを取り戻しながら考えてみると、「出た!」の直前に何となく殺気を感じ、
その辺りが、一瞬、黒っぽく感じたこと、カンガルーやワラビーほど小さくなく、
まるで、「ぬいぐるみが立っている様だった」こと、大きさは2メートル程で、地上から
1メートル付近までがボリューム感があり、薄汚れた毛布を幾重にも纏っていたように
見えたことから、「エミュー」だろうという結論に至った。
また、よくよく考えてみると、直後にミラーで確認した際に道端に出てきた様子もなく、
日がな一日そこに立ち、飛び出す振りをして慌てる人間の様子を見て楽しんでいたよう
にも感じる。
先行したステーションワゴンの二人は「エミュー」にとっては顔なじみ。
近づいてくる「旅行者」で「外人」の私達を出迎える、手荒い挨拶だったのかも知れない。
エミュー様が穏やかに生活している場所に道を切り開き、鉄の塊を転がして走る文明を
持ち込んだのは人間で、皆「よそ者」。
文明の犠牲になった仲間達への供養を、そんなかわいらしい形で表現しているようにも
思えた。「復讐」などという嫌らしい言葉は相応しくないし、そんな感覚すらなかった。